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スタッフブログ

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もうすぐ1周年、田中マネの食堂

2020年06月26日

グルメ

職場に近いこともあり福井市の通称「片町」にある小さな居酒屋「田中マネの食堂」に時々行きます。飲みに行く前の食事にちょうどいいんです。地元のソフトボールチームの監督とマネージャーが共同オーナーという面白い店で、風変わりな店名は料理の得意なマネージャーの通称とか。

 

コロナ騒ぎの影響は大きく、通常営業を再開してからも以前にくらべるとお客さんはまだだいぶ少ないということで、それを聞いて最近ランチタイムにも時々行くようになりました。開店したのが昨年(2019)7月1日ということですから、もうすぐ1周年。こういう居心地のいい店はずっとそこにあって欲しいと思います。
T.S

 


日替わりのランチメニュー、この日のメインは豆腐ハンバーグ

 


この日のランチは煮魚(赤魚)

 


ランチにはコーヒーも付いています。それで800円。

 


夜はまずこんな感じで2, 3品つまんで、、

 


何か食事メニューを頼むといった感じです。この日はカレー。

 

パンデミックと英語

2020年06月21日

雑感

新型コロナウイルスは私たちの社会を一変させました。そして報道では、クラスター、オーバーシュート、ソーシャルディスタンスなど、目新しいカタカナ語がたくさん現れましたね。日本語の専門用語についても英語では何と言うのかを知りたくなったので、今回はそういった用語を改めて英語で確認してみようと思います。(H.S)

 

*ウイルス virus 発音「ヴァイァラス」(ウイルスという発音はラテン語から)
*ワクチン vaccine 発音「ヴァクスィーン」(ワクチンという発音はドイツ語から)
*パンデミック pandemic 発音はそのままですが「デ」にアクセントがきます
 よく日本のテレビで「パン」を強く読む人がいるのが気になります
*陽性 positive 「検査で陽性と出る」は test positive と言います 
*陰性 negative
*濃厚接触 close contact
*隔離 quarantine 発音「クォランティン」
 quarantine には検疫という意味もあります
*在宅勤務 WFH(work from home)
*肺炎 pneumonia 発音「ニュモウニァ」最初のp は発音しません
*人工呼吸器 ventilator
*防護服 PPE (personal protective equipment)
*医療関係者や生活に不可欠な仕事に就いている方々 essential workers
*休業要請などの解除 lift
*第二波 second wave
*集団免疫 herd immunity 
*新たな生活様式 new normal

 

福井の老舗みそ店 直営カフェ「misola」のランチ

2020年06月13日

グルメ

福井の老舗みそ店 「米五」さんが経営する みそカフェ「misola」のランチをいただいてきました。

 

いざ、お店の前に着いて車をとめようとしたら、店舗前の駐車場はあいにく満車。また違う日に出直そうかなと思ったら、ちょうど店舗隣にある「米五」さんの前にいた社長さんがささっと出てきて第二駐車場へと誘導してくれました。その軽快なフットワークに思わずついて行ってしまいました。

 

ずっと行きたいと思いながらもなかなか行けず、この日が初の「misola」。店内は明るくてランチも美味しくヘルシーでボリュームたっぷり。お腹いっぱいになりました。そして帰りは一階にあるショップでおみやげを買って大満足のランチタイムでした。また是非行きたいお店です。(H.S)

 


この日いただいた6月のランチプレート
*塩こうじバジルチキン
*豆腐の田楽そぼろのせ
*クリームチーズのゆずみそのせ
*旬の野菜のみそラタトゥイユ
*タコのすみそがけ
*ごはん 五穀米or白米
*サラダ~甘酒ドレッシング~
*アボカドとチーズのみそスープ

 

ランチは他にカレーもあります

 


二階のカフェから下のショップを見下ろす
ショップにはみそを使った商品がいろいろ並んでいます

 


店舗外観

来日150周年 福井を愛した男 W.E.グリフィス

2020年06月07日

出来事

―前回のブログ 「福井で最初の海外留学生・日下部太郎」 から続きます。

 

グリフィスの元へ届いた手紙は福井藩からの招待でした。明治3年(1870年)グリフィスは日本へと旅立ちます。藩校 明道館は明新館と名前を変えていて、グリフィスはそこで指導をすることになりました。教える教科は、化学・物理・ドイツ語・フランス語など幅広いものでした。藩は当時まだ珍しかった化学実験所を建て、新しい教科書も作りました。福井藩が教育に力を入れていたことが分かりますね。グリフィスの授業はすべて英語で行われ、日本人の通訳を付けていたそうです。

 

グリフィスは福井で太郎の父と会ったり、由利公正や橋下左内の弟 橋本綱常(初代 日赤病院長)ら多くの知識人と交流しました。福井滞在は11か月でしたが、グリフィスの残したものは大きく、福井での教え子たちは明治の各界で活躍しました。

 

その後、明治7年(1874年)に東京へ行ってから、激務がたたり、体調を崩したグリフィスは日本を離れます。アメリカへ戻って牧師をしていたグリフィスですが、福井のことを忘れることはありませんでした。そして日本に関する本を次々と執筆、ベストセラーになり、世界に日本や日本人のことを知らしめることとなりました。

 

グリフィスは、日本を離れて55年が経った昭和元年(1926年)、日本政府の招きで再来日します。既に83歳になっていましたが、福井も訪れて、何と1500人もの人々が出迎えました。福井の町は変わったけれど、人々のやさしさは変わっていないとグリフィスは感じたと言います。翌年にかけての日本滞在中、250回もの講演をして各地を回り、日米友好と平和を強く訴えました。その後、残念ながら日米は戦争の道へと突き進んでいくことになるのですが、日米が戦争に入ったことを知ることなく、グリフィスはアメリカへ戻った翌年の昭和3年(1928年)、84歳で亡くなりました。今年はグリフィスが初来日してから150周年に当たります。当時、グリフィスが日本中を回って講演で語った熱い思いは今も通じる内容だと改めて感じます。日本研究の第一人者グリフィスの原点、それは福井の人々との温かい心のふれあいだったのです。(H.S)

 


W.E.グリフィス

 


福井市にあるグリフィス記念館
グリフィスが住んでいた家を復元しています

 


記念館前にある日時計
グリフィスの死後、サラ夫人によって福井市に贈られた日時計が太平洋戦争後、逸失したため、残された資料を基に複製したもの

オンラインセミナー

2020年06月05日

日本システムバンク


先日GENオフィスの一角で行われた日本システムバンクのオンライン会社説明会の様子。

 

当社の新入社員募集のための会社説明会も今年はオンラインです。これに限らず新型コロナウイルスの影響で、およそ説明会とかセミナーとかタイトルの付くイベントはオンラインで行われていて、ラフでタイムラグのある映像にもすっかり慣れた感がありますが、場所に制限がない、録画が残る、チャットを通じてリアルタイムで参加者の反応が見える、など従来の一堂に会する形式にはなかったメリットもけっこう感じています。
会社説明会がどうなるかはわかりませんが、このオンラインセミナーという形式は今後のafter あるいは、with コロナの時代にも積極的に使われて欲しいと思ったりしています。
T.S

 


カメラを向けていたら本人は緊張すると言っていましたが、なかなか落ち着いた話しぶりでした。

 


終了直後に上司と反省会。

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